2012年度のタイニン訪問時の参加者の声

 

1.ベトナム・タイニン省の地域リハビリテーション支援活動に参加して

京都民医連中央病院 リハビリテーション療法課 河野 悠希

 2012年6月末、私の働いている病院に、ベトナムから2人の綺麗な訓練士さんが研修に来ました。
 支援活動に、大城さんや先輩OTが活動に参加していたことは入職してすぐに知ってはいましたが、興味はあったもののなかなか足を踏み出すことが出来ませんでした。
 しかし、入職して6年が経った今年2人の訓練士さんが2ヶ月という比較的長い期間私が働く職場に研修を受けに来たこと、また2年前から同期である川合さんがベトナム支援に参加していたことが、私の中では大きな刺激となり今回活動に参加することになりました。
 きっかけというものは、急に訪れるものだと思いました。川合さんは過去2回OT1人で参加しており、今年は誰かOTをもう一人連れて行きたいという思いがあったようです。私は、自分の中でわずかな興味が2人の訓練士さんと同期に触発され大きな興味となり、半ば勢いで「行ってもいいかな?」と手を挙げたのです。
 活動参加を決意してから、あっという間にその日が来ました。ベトナムに到着した時には、何よりも一番に「京都より涼しい」と思いました。そして、「やっぱりバイクは多いんだ」と、移動の車中でイメージ通りの風景に出会って嬉しく感じ、何よりも初めてのベトナムで異国の風を感じ気持ちが高ぶっていました。
 翌日から活動が始まりました。毎日が充実していました。活動2日目以降、朝7時半から平和村に行き、お昼は2時間半ほど休憩してからまた夕方まで患者さんに対応する、日本とは異なるタイムスケジュールが意外としっくりきて、また6年以上一緒に働いている同期と大先輩である大城さん、そして2ヶ月研修を受けていた2人の訓練士さんが居たことでストレスなどは一切感じず、多少緊張しながらも活動に参加できました。
約1週間、臨床では経験したことのない子供たちのリハビリ、片麻痺を中心とした成人の方々のリハビリ、訪問に同行し在宅生活を送っている人たちのリハビリ、色々な関わりを経験させて頂き自分の未熟さを実感しつつ、同時に「もっとこうすれば良かったのではないか?」「現地の訓練士さんの希望に添えたのだろうか?」と後悔と課題が生まれました。
その中でも、平和村では去年は家族の手厚い介護のもと自分では何一つ行っていなかった人たちが、「自分で出来ること、着替えなどは自分でするようにしています」「玄関前を掃除することを日課にしています」など、今までに支援スタッフが伝えていたアドバイスが浸透していることを感じました。また、家庭訪問の同行では、CBRワーカーの方たちとリハビリプログラムを実施していると聞き、地域でもリハビリが実施されそのことが根付きつつあるのだということを知ることが出来ました。
また、職場ではなかなか接することのない脳性麻痺などの疾患がある子供たちとの関わりも新鮮であり、楽しくもありました。
全てを通して、平和村のスタッフも、現地通訳の方たちも、そして患者さんやその家族の方々、全ての人たちが素敵な方であり、言葉が通じなくても自ら話しかけてくれたり、仲良くなったお子さんにいたってはわざわざ会いに来てくれたりと、その人柄にとても癒されもしました。
この支援活動を通して、気づかされることが沢山あり、また観光でもなく普段の仕事とも違う今までにない1週間を過ごすことが出来たり、色々な経験をさせて頂いたりと、とても内容の濃い日々を過ごしたことで最終日は不思議な充実感で満ちていました。そして、今回の経験を活かして「来年は更に・・・!」という思いが沸々とわいてきました。
今回、多くの方に支えて頂き沢山の気づきを得ることが出来ました。実りの多い時間を与えて頂いたことに感謝いたします。

2.11年目にはじめて現地で「ベトナム・タイニン省のリハビリ支援活動」に参加して

歯科技工士 大城 源徳

 はじめて空から見たベトナムは、山の無い平坦な土地で、川も手つかずと云うか堤防も整備されていないそれがくねくねと蛇行していて、まとまった雨でも降ろうものならたちまち氾濫するのではないかという印象であった。
「こういう土地やから為政者は原子力発電に頼ろうとするんやろうな。」という感じを持った。
 これまでの活動については3日の総括会議の場で、シー先生が「数年前から皆さんと活動を共にしてレベルが上がってきていると感じてます。」「皆さんの分析は的確だと思います。」と発言された事にタイニン側の卆直な思いが表れている様に感じ、いい関係がつくれている事を確信しました。
 日本で最初に研修を受けたニュンさん、グアンさんが現地での中心メンバーとして活動し、3回目に来京したグエットさんも元気そうで、私の顔をみるなり「お父さん、覚えてる?」「もちろん! グエット、娘さんは元気?」と尋ねると うれしそうに「あれから2人目ができて今2才。」と、携帯に収めてる娘のスナップを次から次とみせてくれて「上の娘も7才になって元気よ。」と今年研修したトゥイやティン達ベトナムのスタッフの皆と共に元気よく中心的に働いている姿はうれしいものでした。

 さて、1日目は中田Drの検診グループ、2日目は山西Drの検・訪問グループ、3日目は安逹Nsの訪問グループ、4日目は平和村で、午前は訓練および小田ST(4回目)の案内で病棟見学。午後はリハ学習会に参加しました。
*検、訪問グループに同行しての感想としては、CBRワーカーさんの個々の力量差を感じた。平準化する事が求められる。⇒ 総括会議での「血圧記録用紙」「リーフレット」の活用が重要だと思います。
*平和村では褥瘡の処置がしきりも無い所で行われていたり、清潔・不潔の観念のちがい等からか、? ? ?と我々日本人との認識のギャップが存在する事を感じた。しかし、それは一朝一夕に解決するものではないと思うし、お互いが粘り強く理解し合えるように「何のために」「なぜ」と真摯に取り組む以外にないと思う。 まさに、そこが支援する意味合いだと思います。
 そういう意味で今回、松本PTが10月から継続的に平和村へ訪問する事を確認できたことは、大きな意義のある事だと思います。その分、私たちには財政的な責任が生じますが、松本PTの「熱さ」にも応えられるようにしていきたいと私は思う。
*リハ学習会に参加して、小田STの「カード」はとても良かったと思います。PT、OT、ST等の概念の未だないタイニンのスタッフにも具体的でイメージし易く、発展させられるものだと思います。
このような私自身としてはまだまだわずかな経験ですが、正直なところ今まで10年の間、私は現地訪問する事にためらいがあった。「門外漢の何もできん儂が行っても、皆さんの足手まといになるだけや」と。果たすべき役割が見えず訪越できなかったが、今回「まず一度行ってみて、その感想を述べるだけしか出来んけど、役目はその積み重ねかも知らん。」と思い至り参加することにした。そして今回私が感じた事は、これまでの積み重ねがひとつひとつ実を結び始めているのではないかと云う事です。人のつながりにはじまって、いろいろなものが少しずつ広がり、培ってきたものが紡げるようになった。という印象です。    
みなさんの意識的な継続の賜物でしょう。
マングローブ療法士?の浅野さん、松本PTが在越している事は、これからの活動の新たな発展を画するものだと思います。まだまだ道半ば、今後もいろいろな繋がりを活かし、タイニン省にリハビリテーションが根づく様に支援できればと思います。
とりとめのない感想ですが最後に、今回参加された若い皆さん 仲間を誘ってまた、いつでも参加して下さい。             2012年夏(還暦前のフリーター)

3.2012年 夏 ベトナム・タイニン省のリハ支援を終えて

中央病院 リハ課 PT 大城 春美

1、タイニン平和村リハ研修生2名を2ヶ月半受け入れた
4回目となる研修受け入れ期間は2ヶ月半 過去3回はほとんど1カ月であったが今年はそれに比べれば長期にわたるものだった。
 5月14日写真展の中間の土曜日から始まった。関空から西村ママさんに迎えてもらい京都までのバスは睡眠不足とバス酔いでさらに気候の違いもあり寒さが重なって疲労困憊の状態での到着だった。北野商店街の一角のユイマールで写真展を開催していたがその会場には直接行けずに疲れた体をこたつの中で休ませる事となった。初めての飛行機、長時間のバス、日本のシステムの一端を体感した様子だった。

  
 宿舎の件では日越友好協会の仲さん宅にお世話になった。清水の東北に位置する宿舎から馬町のバス停まで数百メートル、メインの研修病院の当院までのバス通勤は再々の酔いに悩まされる事となった。
 しかし頑張って通院して中間ごろは通訳さん宅(一条通り)に、ベトナム語講座のライさん宅に(西京極に)指示をもらって行けるようになった。
 二人の生活能力は高く弁当を毎日作っての通勤。イベント参加にも参加者分にと春巻きを作ってくるなど当院の同世代に大きな影響を与えた様子だった。
研修場所は第二中央病院の回復期、デイサービス、老健施設、四国の平和病院、協立病院、重症児施設 作業所などの研修。滋賀ではデイサービスセンター 養護学校、寄宿舎 びわこ学園など多岐にわたり何処でも丁寧な対応をしていただいた。
 当院では若いリハスタッフが研修前からカンパ活動 宿舎の掃除 研修プログラムの立案、適時の修正 補足などしながらほとんどの病棟、グループから支援をしていただき多くの疾患を持つ患者さんの近くで見聞きし訓練参加する事が出来た。
 先生方にも協力していただき各施設で疾患についての詳しい内容を説明、検査の内容も講義していただいた。
 脳血管疾患、整形疾患、の他に循環器疾患、呼吸疾患などベトナムでは未経験な疾患も多くあったようで 二人から希望のあった顔面麻痺、脊髄損傷者のリハについても京都市立リハセンターのリハビリを見学したり当院外来での顔面麻痺者のリハを体験出来た。
 病棟の行事などにも参加し手作業の楽しみ 歌にもチャレンジしカエルの歌や他にも覚えて歌う事が出来るようになった。
 グループ活動が心身機能の向上効果をもたらす場面も経験出来た。
 中央病院の昨年建設された西館のトイレ、入浴設備、廊下の手すり、リハ室のベッドなどなどあれこれが彼女達のカメラに収められた。近い将来ベトナムで活かせる日が来る事を願っている。

 6月ベトナムのお医者さんとの交流会に参加した。 偶然だったけどすぐに打ち解けて楽しい時を過ごした。

中央病院 リハスタッフと いつも楽しく研修しました。
○通訳ライさんの事
 グエンさんはリハ業界では国際的にも知られている古沢理学療法士さんの奥さんであるライさんの紹介で知り合う事になった方。大阪から夫さんの研究場所である京都大学大学院の近くに引っ越しされたばかりなのに2ヶ月半もの長期間にも関わらず私たちの要求に快く承諾していただいた。土日の引率、四国までの同伴もこれ以上の支援は無いぐらい二人を支えて下さった。企業内で通訳をされていたそうだが慣れない医学用語も丁寧なベトナム語で通訳されて研修の2人ともども私たちの病院の医療について理解していただいた。そして母国ベトナムのリハビリの向上のために自分も役割が持てた事が良かったと言ってくれ、再々私たちも自宅へまねいてベトナム料理をふるまってくれた。
 夫さんはベトナムの文化特に映画の研究をされており南ベトナムを拠点にされていたと聞き 私たちの学習会にも今後参
加していただく約束を尾崎先生と
された。これからもお二人との
お付き合いが続きそうに感じている。

四国への移動中 中央が通訳 グエンさん
○ 研修の目的 見学?リハ技術?
 二人にとっての研修はどうだっただろうか。一番の感心事だ。二人はこれからもタイニンでの生活と就労を視野に置いている。研修で得た様々な事を活かして行きたいとの感想を述べてくれた。
この二人の考えはこれからどう活かされるのか 7月の会議での松本PTからの現地の状況報告を読んで具体化をするその中身が大きな課題となった。タイニン平和村でのスタッフ内では訓練があってもリハ評価が無い、他動的 受動的施術的なところからの脱却はできるのか。松本さんからの報告は実際であり課題であり克服すべき事である。
 今年の活動報告はその課題についての側面から以下に考えをまとめてみたい。
3、リハ支援・スタッフ養成の実際について
○過去3回の研修終了者の現地での活躍 統率力
6人中3人が平和村に居り施設内やCBRの統率者として活躍している。窓口として、リハ技術の相談役、今年の私たちのリハ指導中にもほとんど同席してくれ若いスタッフに一緒に指導してくれた。他には入院判定などに関わっているかは不明だが松本さんによればこの3人がキーマンとの事だった。
リハ指導をする中で気をつけたのは必ず現在行っている訓練を実施して下さいと提示し目標を聴きながらその目的とする事がリハ中に反映されているかを話しながら進める事。問題点が見つかればアプローチは選択されてくると思うのだがそこに個々のリハスタッフの技量、考えが反映するため集中したいところ。日本での私たちの日常でも実際にはいつも悩みながら訓練を組み立てている。
ベトナムの若いリハスタッフにも自分なりの言葉で話してほしいので特に意識して取り組んだつもりであるが。どうだったかな。評価は本当に無いのか? 数値としては表現出来ていないが何かしらの考えはあるように感じている。これからも担当者のリハの実際を見つつできる指導を適時行う 話す 聞く 示す 繰り返すことで評価する事の大事さ、変化を捉える事も出来ると感じている。松本さんが通訳さんを伴ってリハ指導に当たってくれる事に期待大。
○これからの支援について
 身体機能についての対応は上記に書いてみた。生活能力や就労に向けての方向をしっかりと見据えて今後の支援の方向を見て行きたい。
 職業訓練学校が今年か、来年の早い時期に開設されて技術習得の道が開けると嬉しい。

CBRの目的である障害があってもその地域で生活を営む事が出来る人が増えて行くことが願いである。課題は多くて  リハビリテ―ションの技術者に必要な事、育ち合いながら、、、 資金の事 とても大事! 平和村(リハ施設の機能)地域を捉えて行く事などなど 色々感がえがまとまらないけれど また次に向けて活動を広げつつ視野を広げつつ取り組みたい。
○その他 初めて父ちゃんがついてきた!
 何年も前から誘っていたけれど 今年は行こうかなと 本当になった。いつも研修を受け入れる時には手伝ってくれたりイベントに参加したりしてきたので 本人は何年も前から参加しているような感じだったかな。
 タイニン平和村ではニュンさんやゴアンさんにトウチャン、トウチャンと久しぶりに呼ばれていた。ベトナム料理はどれをとってもおいしかったらしく食いしん坊にはとても満足だった。出国の時にはたくさんのドンを持っていたため置いて行けと止められて泣きそうだったけど それも勉強。
 訪問やリハ見学、施設内での講義見学もして 活動の内容が深くつかめた様子で満足がまたまた増えているようでした。 御苦労さまでした。